イルカをやめた理由 3イルカをやめた理由 その3 「結局さア、イルカじゃなくて、トトなんだね!」 イルカに頼らずに、なんとか同じようなものを作れないものか? それ以来、真剣に考え始めました。 もちろんみんながフロリダまで来てくれるのは、「イルカ」でした。 でも、イルカと泳ぐことだけでなく、 ボクは、その「場」というか「空気」というか、 プログラム全体の雰囲気を大事にしてきました。 何かを「伝える」のは、やはり「人の力」だと思うのです。 その力がなくても、イルカと泳ぐのは間違いなく楽しいでしょう。 でも結局、何日か後には、みんな日常に戻っていくのです。 そして、いつの間にか、イルカは思い出へと変わっていきます。 でも、何かが「伝わった」とき、日常の送り方が変わります。 思い出が「生きる」わけです。 ボクがやりたかったのは、単なるサービス業ではありません。 「伝え」たかったんです。 そう考えたとき、今までを思い返して、急に自分の力不足を感じました。 自己表現としての仕事の喜びを見つけたと同時に、 その責任の重さを実感したのだと思います。 「自分がもっともっと成長しなくちゃ」 そしてテロ事件は、 ボクをイルカから離すために起きたんだろう、と勝手に思い始めました。 「イルカに固執することはない」 「成長は他のことでもできる」 「イルカに頼らず、自分が目指す『場作り』をしていこ」 だんだん考えが整理されていきました。 人間の心・頭・体の関係は本当に不思議なものです。 考えに整理がつくと、心も変化します。 心はコントロールできません。 体もコントロールできません。 でも、考えだけは自分でコントロールできます。 そして、この3つはお互いに影響しあっています。 イルカと離れるのは、『心』にとっては辛いことだろうと思っていましたが、 予想していたほどの拒否反応は示しませんでした。 もちろん何度か涙を流しました。 また、今は街中に住んでいて、フロリダとは全く違う環境ですが、 それでも、例えば夜、月がきれいに見えると、 フロリダのイルカの島でよく見た夜空を思い出して、イルカを想います。 そうやって『心』が動くときは、 できるだけ時間をとってあげるようにしています。 不思議と、そうやって『心』を大切にしてあげていると、 『体』にまで影響が出るほどの拒否反応は示さないものなんですね。 イルカ・プロジェクトの休止を決めたとき、 『頭』では、すでにイルカを離れる考えを整理して、次の舞台の設計図を描きはじめました。 『心』はというと、ときどき後ろを振り返ることもありましたが、ほとんどはうまくついて来てくれて、 将来の構想にドキドキしてくれることもありました。 自分の『心』も、他人の『心』も、 自分の『頭』からの距離でいうと、あんまり変わらないんだなぁ… うまく付き合ってあげないとな… ジャンル別一覧
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